デス・オーバチュア
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「……気がついたようじゃな?」 オッドアイは目を覚ますと、白い女の膝の上で寝かされていた。 「貴様……僕の体……?」 意識が途切れる直前、体を真っ二つにされたことを思い出し、オッドアイは己の胸に手を当てる。 「心配するでない。先程のお主の魔刀と同じじゃ、鋭利に斬ったからのう……斬れてすぐにならくっつく」 「…………」 オッドアイは己の体をまさぐった。 確かに体には何の異常も無い。 薄い傷跡が体に斜め一文字に走っているぐらいだ。 それもすぐに消えるだろう。 「お主も哀れよのう、主人が未熟では本来の力の半分も発揮できまい」 女は近くの岩に立てかけてある刀に話しかけていた。 オッドアイの魔刀である。 「……僕が未熟……だと……」 「然り。お主は接近戦……格闘能力ではランチェスタに遙かに劣り、遠距戦での攻撃能力では煌(ファン)に遠く及ばない……お主は不得手がないかわりに、絶対的な得手もない!……と、ランチェスタとか煌とか例えても解らぬか?」 「……解るさ……」 ランチェスタにはつい先程会ったばかりである。 姿が変わっても変わらぬその強さを目の前で見せつけられた。 そして、煌は……。 「遠距離型、体術より遠距離からの術による戦闘を得意とする儂や、『射撃』が基本戦闘スタイルの煌は決して、自分と同等クラスの相手と接近戦などせぬ」 「……よく言う……僕を投げ飛ばした体術やあの氷の刃はなんだ?」 「あんなものは所詮護身術に過ぎぬ。どんなに接近戦をしないように心がけても、相手が接近戦を得意とし、得意な間合いに持ち込もうとしてくる以上、それを捌くぐらいの力量は必要だからのう」 「…………」 「もっとも、本当の意味で同等の相手なら捌くことなどかなわぬがな……ランチェスタが相手なら、間合いを詰められた時点で儂の負けは決定じゃ。得手不得手、得意な間合い……相性とはそういったものじゃ。エナジーの量や質が上の者が必ずしも勝つとは限らぬ」 「…………」 オッドアイには反論できることは何もなかった。 深い。 この女は戦いに対する考え方が、経験が、力任せな自分とは比べものにならない程深いのだ。 「完全なる格闘型であるランチェスタは近距離では最強であり、射撃型である煌は遠距離では無敵じゃ。儂やセルなどは正面からランチェスタとは格闘戦はできぬし、間合いを詰め損なえば煌には射程外からの攻撃であっさりと倒されるじゃろうな。まあ、儂ら術……氷や風などの遠距離攻撃を得意とする者は所詮、ランチェスタの拳にも、煌の銃器にも勝てぬ半端者ということじゃ。その分、いろいろと応用はきくがのう……」 女は卑下するわけでもなく、ただの事実といった感じで語る。 「……そうか、貴様は……先代の北の魔王か……道理で僕が完敗するわけだ……」 「今頃、気づいたのか? 鈍い奴じゃのう……儂など、とっくにお主の正体を見抜いたというのに……」 女は呆れたような表情で嘆息した後、優しげな笑顔を浮かべた。 「……この時代、後一人魔王が居たな……僕の時代にもまだ居るけど……」 「ゼノンか? あやつは例外じゃ。あやつの剣は間合い無用じゃからな……その上、あやつには斬れぬモノがない。間合いと防御力があやつの前では全て無意味になる……ある意味最強かもしれぬな、あやつは」 女は……氷夢の魔王ネージュは先程と同じようにただの事実として淡々と述べる。 「だが、所詮全ては魔王間での相性に過ぎぬ。儂らなど四人束になっても光皇や魔眼皇には遠く及ばぬ……それが変えられぬ事実なのじゃ」 「……光皇……ルーファス……」 オッドアイは瞳に憎しみを宿すと、強く拳を握りしめた。 「父親がそんなに憎いのか?」 「なっ!?」 オッドアイは驚愕した表情を浮かべる。 「さっき言ったじゃろ? お主の正体を見抜いたと。お主、ルーファスと煌の息子であろう? 魔界で光輝を使えるのはルーファス唯一人だけ……魔王クラスの光輝と純魔力を合わせ持つ存在など、その組み合わせ以外にあり得ぬからな」 「……その通りだ。最狂最悪のあいつと、魔導王煌の間に生まれた唯一の存在……それが僕だ」 「やはりのう……それにしてはなんと未熟な」 ネージュは思わず失笑した。 「笑うなっ! 未熟未熟言うな……」 「未熟者を未熟と言って何が悪い? 考えても見よ、お主は魔皇と魔王の間に生まれた特殊な存在じゃ、それが魔王ごときにあっさりと遅れをとってどうするのじゃ?」 「うっ……」 オッドアイは、痛いところを突かれたといった表情をする。 「光皇から受け継いだ聖属性の魔王クラスのエナジー、煌から受け継いだ魔王クラスの純魔力のエナジー……どう見積もっても魔王二人分以上のエナジーを持っていて、なぜ、儂ごとき年寄りに負ける? この未熟者がっ!」 「……なぜ、そこまで貴……」 「貴様呼ばわりはよさぬか。あの二人の息子と解った時点で、儂の方はそなたからお主に格上げしてやったというのに……親から礼儀を習わなかったのか?」 「……僕は母さんの腹を内側から食い破って生まれた……父……あいつは僕になど一度だって興味を示したことがない……」 懺悔するように告げるオッドアイを、ネージュはしばらく無表情で見つめた後、目を伏せた。 「そうか、それは悪いことを聞いたのう……」 「憎まないのか、僕を? 母さんは貴方の親友だったのだろう?」 「なぜ、儂が煌の息子を憎まなければならぬ? おかしなことを聞く奴じゃ」 ネージュは本気で理解できないといった表情を浮かべている。 「…………」 「なんじゃ、お主、まさか、母親を殺して生まれてきたから、父親に恨まれているとでも思っておったのか? それは絶対に無い、儂が断言してやろう」 「なぜ、貴方にそんなことが言い切れる!?」 「儂も煌もあやつにとってはどうでもいい物に過ぎぬからじゃ。執着など欠片もない。誰かに儂や煌を殺されても、殺した相手をルーファスは恨んだり憎んだりなどしない、あやつはそういう奴じゃ」 「…………」 今、この魔王はなんと言った? 光皇にとっては、自分も魔導王も無価値な存在? そう言いきったのか? そんなことが……。 「……そんなことがありえるのか……だとしたら、最低だな、あいつは……」 「そうじゃな、最低の奴じゃな、じゃが、儂も煌もあやつを愛しておる」 ネージュは楽しげで、誇らしげな笑顔でそう言った。 「……理解できない悪趣味だ……」 オッドアイは嫌悪も露わに呟く。 「確かにな、あやつには大切なものとか、愛するものだとか一切存在しない。そう言った感情が最初から欠落しておるのじゃろう……あれほど冷酷で悪質な存在も他にはそうは居まい……」 「そこまで解っていて、なぜあんな男を愛する? 貴方も母さんも……」 「愛は理屈ではないのじゃ、少年」 「少年だと……」 「坊やの方が良かったかのう? いずれにしろ、愛を理屈で考えようとする時点で子供じゃ。お主、誰かを愛したことがないのか?」 「無い。僕は誰も愛さないし、誰からも愛されたいなどと思わない」 「フフフッ、ひねくれて育ったものじゃ」 ネージュの眼差しは自分の子供を見るかのように優しげだった。 「まあ、あやつが放任なのは察しがつくが、実際にお主は誰の手も借りずに育ったのか?」 「……子供の頃の僕の面倒を見たのはランチェスタだ……後、フィノーラが……」 「フィノーラ?」 「白い髪と瞳の……」 「……ああ、なるほどのう。どうりで、お主は儂のことを知らぬはずじゃ。お主が生まれるまでに儂は滅するのか……それもまた良い……」 ネージュは死すべき未来の運命を告げられても、動じることなく儚げな笑みを浮かべる。 「こうして、時の悪戯か……本来出会うことのできない存在であるお主に会えた……楽しかったぞ、煌の息子」 「……オッドアイだ……」 「その名前、あやつがつけたのじゃな? 面倒臭いとか言って……フフフッ、光景が目に浮かぶようじゃ……」 ネージュが無造作に右手を横に突きだすと、オッドアイの魔刀が飛来し吸い込まれるように握られる。 「この魔刀、あやつから譲り受けたのか?」 「捨てていった物だ……あいつは魔刀も聖剣も至高天……自分の城すら全部捨てて出ていった。全部もういらないから、僕にやるって恩着せがましくな……」 「なんともあやつらしい……」 ネージュは堪えきれぬ笑いを漏らした。 「笑い事じゃない! 僕はあいつのそういういい加減で無責任なところが嫌いなんだ!」 「別に恩を着せたつもりはないと思うぞ……あやつは執着というものがないからな、本気で全部いらなかったのだろう……そうか! お主、自分も捨てられたと思って拗ねておるのじゃな?」 ネージュは得心したといった表情を浮かべる。 「なっ!? な、何を馬鹿なことを……」 「そうかそうか、お主、愛に飢えておるのじゃな? 残念じゃのう、お主の時代まで儂が生きておれば、お主を愛してやれたのじゃが……」 「くだらない同情をするなっ!」 オッドアイはネージュの膝の上から一気に半身を起こした。 「同情ではない。お主は儂の愛する二人の間の子じゃ、愛してどこが悪い?」 「愛など……魔族にはいらない感情だ……」 オッドアイは立ち上がる。 「確かにのう、ここ魔界は殺戮の世界、愛や恋などいった戯れは高位の者しか持てぬ感情じゃ。だが、お主は魔王……いや、魔皇の息子なのだから、それくらの戯れを持つ余裕を持った方が良いぞ。それくらいの戯れでも持たねば、魔族の長い生、退屈で死にたくなるぞ」 「……よ、余計なお世話だ……」 オッドアイはネージュに背中を向けると、歩き出した。 「なんじゃ、もう帰るのか? せっかく時を超えて巡り会えたというのに素っ気ないのう……」 「…………」 オッドアイは足を止める。 「……だから、時を超えるのは嫌なんだ……貴方は過去の人だからな……出会わなければ良かった……」 「本当に素直じゃない奴じゃな、一言、儂のことが気に入った、好きじゃ、愛している……だから、同じ時間の存在でないのが悲しいと言ったらどうじゃ?」 「ふ、ふざけるなっ! そんなわけあるかっ!」 オッドアイは怒鳴ると同時に振り返った。 「なあに、お主は時を超えられるのだから、寂しくなったのなら、時を超えてまた儂に会いにくればよい」 ネージュはとても爽やかな笑顔で言う。 「ふん、誰が……じゃあな、母さんの親友……いや、氷夢の魔王ネージュ」 「うむ、達者でな煌の子……いや、若き魔王オッドアイよ」 二人が最後の別れの挨拶をかわした瞬間だった、黄金の渦巻く光が天を貫いたのは……。 眠っていたクロスがいきなり、ガバッと立ち上がった。 「ふう、自分会議終了〜」 意味不明なことを呟きながら周囲を見回す。 「流石、あたし『達』、手強かったわ……て、何遊んでるのよ、ルーファス?」 クロスの視界に映ったのは、一人で魂殺鎌を殴りつけたり、蹴り飛ばしたりしているルーファスの姿だった。 「それは一応姉様の大事な大鎌でしょう? 何を乱暴に扱っているのよ?」 「あん? 俺がこの大鎌と一人で遊んでいるようにでも見えるのか?」 クロスの存在に気づいたルーファスはクロスの方に向き直る。 「他にどう見えるのよ? 大鎌とイチャついているとでも思えと?」 「どういう目をしているんだ、お前……て、しつこい!」 ルーファスはクロスの方に魂殺鎌を蹴り飛ばした。 「ちょっと乱暴すぎよ、可哀想じゃない……」 クロスは魂殺鎌の落ちている場所に歩み寄る。 「ああん? こいつはさっきから何度も俺につっかかって来やがったんだよ!」 「馬鹿ね、いくら意志を持つ武器だからって、そんな独りでに動いて襲いかかったりするわけないじゃない」 「ああ?」 クロスは魂殺鎌を拾い上げた。 「ほら、普通の大鎌じゃない。勝手に動いたりしないわよ」 「そうか、お前……」 ルーファスは自分とクロスの認識の違いに気づく。 クロスは、神剣が人型をとるを知らないばかりか、武器のまま独りでに動くことすら見たことがないのだ。 「……まあいいか。それはお前が持ってろ、お前には懐いているみたいだしな」 神剣は本来、主人……契約者以外の者には触られることすら嫌がる。 特に魂殺鎌のような気性の荒い……というか理性を持たない神剣が、クロスといい、ネツァクといい、主人以外の者に大人しく握られていることはルーファスには不思議だった。 「……さてと、どうしたものかな?」 ルーファスは空に視線を移す、ネツァクが使った門はすでに消えている。 「魂殺鎌との繋がりを頼りにタナトスを探すか……時間転移だけなら俺だけの力でもできなくはないんだが……」 「あれ、そういえば、ネツァクは? 魔界に来ていたわよね?」 クロスは改めて周囲を見回した。 マクロスによって強制的に転送された記憶で、現代までの状況は大方は知っている。 さらに、あの場所から外……現実の光景として、ネツァクがマントを剥がしてくれたのも見ていた。 「ああ、あいつならお前が眠っている間にもう行ったぞ」 セルが『中』から居なくなってからの『自分会議』の間に居なくなってしまったというのだろうか? 「何処へ? 先に地上に帰っちゃったの?」 「いや、魔界に用があるそうだから、現代の魔界にまで飛ばしてやった。元々、リンネの命で魂殺鎌を運んできたのも、魔界に来たかったというのが理由の半分だそうだからな」 「半分? 残り半分は……」 「……解らないのか? 鈍い奴だな……あいつも可哀想に……」 ルーファスはなぜか苦笑を浮かべていた。 「えっ?」 「なんでもない。俺にはどうでもいいことだしな……なっ!?」 突然、ルーファスの表情が真顔になる。 「フッ……クククッ! アハハハハハハハッ!」 ルーファスは突然、狂ったように笑い出した。 「ち、ちょっと、何!?」 「見つけた! もうそんな馬鹿鎌も必要ない! 俺は行く! じゃあな、クロス、後で拾ってやるから大人しくしていろ!」 ルーファスの体が黄金色に輝きだす。 「なっ!? ちょっと、待ち……」 「どこかの馬鹿が刻印に触れやがった! お陰でタナトスの存在をを捉えることができた……まあ、感謝してやるさ。礼代わりにたっぷりと弄んでから殺してやる!」 黄金色の光が一際激しく輝いたかと思うと、ルーファスの姿は掻き消えていた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |